2017年12月22日

「認知症の人と暮らす」

「認知症の人と暮らす」
~心に積み重なる様々な出来事をこのコラムに寄せて~

認知症を発症すると、
生活のいろんなところに
不具合が生じます。

すると家族は不安になります。
「認知症が進んで、何もできなくなるんじゃないか」と。

左右違う靴下を履いてみたり、
冷奴にソースをかけてみたり。

確かにそれは「ふつう」はしない事かもしれません。
けれどその「ふつう」は誰の「ふつう」?

若い女の子が左右違った靴下を履いていると
「おしゃれ」になり、
子どもが冷奴にソースをかけると
「間違えちゃって、おっちょこちょいね」で
済んでしまします。

けれど、認知症と診断されただけで
「認知症が進んじゃってかわいそう」とか
「困ったわ、不安だわ」になり
「ふつう」でなくなってしまいます。

色んな不具合も「認知症」から
離れて考えてみると、
少しは楽になれませんか?

同じ話を繰り返すのは、
もっと話がしたいから(忘れたんじゃないよ)、
薬を飲まないのは、
苦くてまずいから(飲み忘れたんじゃないよ)、
お金が無くなったっていうのは、
お小遣いが欲しいから(盗られたって、疑ってるんじゃないよ)。

認知症の方と24時間、共に暮らすご家族は、
こんな風には考えられないかもしれません。

けれど、3回に1回でも、
こう思えられたなら、
また違った時間を
過ごせるかもしれません。


ある子どもが言いました。
徘徊するお爺ちゃんを見て
「お爺ちゃんは冒険家」だと。


「認知症の人と暮らす」


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