2014年05月02日

「イメージ」

「イメージ」

~心に積み重なる様々な出来事をこのコラムに寄せて~

 誰かの役に立ちたい。そう思って仕事をしている人は多いと思う。介護をしている私たちにとって「誰かの」という誰とは、利用者や入居者の方々になるだろうか。
 私たちは、目の前の利用者の生活を豊かにするにはどうすれば良いか、そんなことを考えながら、日々利用者と関わっている。「こうすれば良いかな。」「もっとこうしよう。」「いや、こっちのほうが良いだろう。」その結果として、利用者の生活が豊かになることを喜びとしている部分がある。
 しかし、それは様々な紆余曲折を経なければ辿り着くことのできない境地だ。例えば、職員が白と思っていても利用者は黒と思っていたり、職員が右と言っても、利用者は左だと言う。要は利用者が職員のイメージ通りには気持も身体も動かないということ。でも、それが当り前なのかもしれない。人生経験の少ない青二才の職員が、激動の時代を生き抜いた強者の利用者に敵うわけもない。でも、職員のイメージの先をいく利用者を見ていると、職員の思い通りに豊かな生活を維持している利用者を見ているより、嬉しくなってくる。
 「誰かの役に立つ」とは、本当はとても困難だ。自分の思い通りに利用者の気持ちや身体を動かすのではなく、職員のイメージの遥か先をいく利用者のイメージ、それを大切にしながら生活を形成する手伝いをする。そんな気概が必要だと知らされた。

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